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秀吉『白い電車』

音楽を聴くとき、何を中心に聴いているだろうか。わたしは歌詞に重きを置いている。共感できるかできないかとかいう、野暮なものではなく、どちらかといえばポエティックなものが好きだ。

※ちなみにインストバンドも聴くので、歌詞がない音楽は認めない!などということはない。歌詞があるなら、そこに注目して聴くということである。

もともとはスピッツの存在が影響している。草野マサムネの描く世界観は誰でも出入り可能に見えて、何を言っているかわからないものもあるし深すぎる解釈をしてしまうようなものが多い。そこに引き込まれたことが、この音楽の聴き方のきっかけだと思う。

最近、音楽を聴くことを特に趣味としていない友人と話しているとき、「好きだなって思う曲はメロディをいいと思っている。歌詞は同時に入ってこない。あとで歌詞を見たときに、『こんなことを歌っていたのか』とやっとわかる」と言われた。一方わたしの音楽の楽しみ方とは、①小説を読むように、(自己投影というよりかは)その曲の空気や登場人物を楽しむ、②口ずさめるようになるまでになる(ストレスを発散するための、同一化の一つかもしれない)という風だから、そんなことがあるのか、と超絶勝手に思ったのだ。

好きなものやこだわりのあることを話すと、どうしても感情的になってしまう。前述の友人にもうまく自分の楽しみ方を説明できなかったので、その伝わらなさに、イライラした。そしてあとで思い出して猛烈に反省をするのはいつものことだ。だから相手を特に定めず、文字で書くしかない。

さて本題。今回は今お気に入りの歌詞について紹介したい。

秀吉/白い電車

君の駅までの切符を持って

君の駅を通り過ぎて

寝過ごしたふりで落ち着いたあとに

やりきれない気持ちとかで

はりさけそうなんだ

胸の奥から はりさけそうなんだ

秀吉のアルバム『へそのお』に収録されている『白い電車』。最高にエモい。

想いを伝えようとして、それでも伝えられなくて、その自分に気づかないようにして、あとで胸を痛めている。それを電車の進行が効果的に切なさを増している。そこが一番のお気に入りポイントだ。それから「君の駅までの切符を持って」からすぐに「君の駅を通り過ぎて」があっさりやってくるのもまたよい。

この主人公は、どうにかして切符を買えないほうがよかった、と思う。想いを寄せている相手が、手の届く存在でなければよかったと思う。途中下車する勇気がなかったのなら初めから乗れなければよかったのに。